あの子たち、そして

かつて一緒に暮らしていた犬たちねこくんの思い出、そして大好きな嵐のことを書いていこうかと、思いますmore

後ろ向きの人生

わたしは、精神疾患者です。今の病名はうつ病です。その前は、ずっと長い期間、躁うつ病でした。その前は、統合失調症でした。発病したのは、15,6年前です。

今は入退院を繰り返しています。ほとんど、入院しています。きょうは外泊で、家にいます。

モエとタカ、ちびた。がいなかったら、病気にはならなかっただろう。かなあ。

そうは、思いたくないんだけど。モエ、タカ、ちびたの存在は絶対です。でも、夫の仕事関係で、受け入れてもらえなかったのです。

屋久島に転勤が決まり、引っ越しの準備も終わり、あしたは、行く、という夕方、悪魔の電話がありました。夫の上司の奥さんでした。「うち、犬が」「教頭住宅は犬はだめですよ。なんとかしてきてください」でも、どう考えても、なんともできなくて、フェリーに乗って、一緒に行きました。港では、たくさんの人が見送りに来てくださいました。屋久島に、着いて、車の中に隠すようにして、港に居ました。例の校長婦人もいらっしゃいました。モエとタカを連れていたことを、信じられないというような感じでした。夫が一番苦しかったと思います。いろんな場面で、反省文を書かされていました。わたしは、毎日、大きなモエとタカをどこで散歩させようかといつも考えていました。何時ごろがいいのかなど。

あまりに犬を否定されるので、自分の家を建てようと決めました。

前に暮らしていた町に今住んでいる家を建てました。犬のための家でした。

家を建てていることについて、教育委員会から責められ、夫は反省文を書かされました。次に家が建って、やれやれと思っているとき、犬は連れてきていいから、屋久島に奥さんは帰ってくるようにということになりました。わたしは、愕然としました。ショックは大きかったです。

そのころから、だんだんとおかしくなってきた気がします。

校長夫人、憎かったです。憎かったけれど、本当は、いろいろ協力して、宴会をしたりしないといけないのですけれど。何かの宴会の数日前から、眠れなくなったのでした。いろいろ考えて考えて、一晩中、しゃべっていたり。それが、病気のはじまりでした。

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